喜多や
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Hashi-yaki

脂を、
ころあいに。箸焼きのこと|伊勢のうなぎ 喜多や

串を打たず、箸だけで鰻を焼く。
それは技を見せるためではなく、
脂を、ちょうどよいところに置くためです。 Not a flourish. A matter of measure.

The Fat

脂は、旨味です

まず申し上げておきたいのは、うなぎの脂は旨味そのものだということです。よく肥えた鰻ほど、身はやわらかく、味は深くなる。脂の少ない鰻は、どれだけ丁寧に焼いても、痩せた味にしかなりません。

ですから私たちは、脂を落としきろうとは考えていません。落としきってしまえば、旨味まで一緒に流れていきます。

落とすのではなく、
ころあいを見る。

ただ、その脂が焼いているあいだに身の上へたまってしまうと、話が変わります。たまった脂は火に炙られ続け、やがて臭みに変わる。そうなると、せっかくの身の旨味が脂に負けてしまうのです。

ちょうど

脂が旨味として身に残る。
やわらかく、香ばしい。

← 箸で調整 →
たまる

余分な脂が身の上に残る。
臭みが立ち、旨味が負ける。

多すぎれば臭みになり、落としすぎれば痩せる。その間のどこかに、その一尾にとっての「ちょうど」があります。

Every Eel

同じ鰻は、一尾もありません

うなぎは、脂の乗りも肉の付き方も、一尾ごとに違います。同じ日に同じ産地から届いても、背の厚み、腹の脂、身の締まり方、どれ一つとして揃いません。

ですから「何分焼く」という決まりは、当店にはありません。あるのは、その一尾を見て決めるということだけです。

備長炭の上で箸を操る職人の手元
備長炭の上で、箸だけで一尾を返す。

脂がどう流れているかを目で追い、身のどこに熱が入りすぎているかを見て、角度を変え、置く位置を変える。余分な脂が落ちる向きへ、そっと傾ける。

押さえつけずに動かせるからこそ、この加減ができます。串を打たないのは、そのためです。繊細な箸さばきが要ります。

Result

皮は香ばしく、
身はふっくらと

ころあいを外さずに焼き上がった鰻は、皮に香ばしさが立ち、身には脂が旨味として残ります。口に入れたときに脂が重く感じられないのは、落としたからではなく、ちょうどにしたからです。

明治43年の創業から百十六年、この焼き方を続けています。派手なところは何もありません。一尾ずつ、目で見て、箸で操る。それだけのことです。

The fat is the flavour. Too much of it, pooling as it grills, turns against the fish — but drive it all off and the sweetness goes with it.
So we watch each eel, and turn it by hand, until the excess runs and the rest stays.

最終更新:2026年9月13日