喜多や
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History

明治四十三年、
本町にて。喜多やの歴史|明治43年創業・伊勢鰻事始と西村幸生の生家

伊勢神宮 外宮の門前町・本町で、百十六年。 Founded 1910, at the gate of Geku.

Two Dates

二つの年号

喜多やには、大切な年号が二つあります。

天保13年1842年伊勢鰻事始山田奉行より銅五貫を賜る孝行の実話(宇治山田市史)。伊勢において鰻が広まる起点とされる年です。
明治43年1910年喜多や創業伊勢市本町に、魚屋として生まれました。ここから百十六年。

伊勢における鰻の始まりは天保十三年。それから百八十余年。当店は明治四十三年の創業以来、この伊勢の地で鰻の伝統を受け継いでいます。

孝行鰻の物語 / Read more
創業当時の喜多や
Since 1910

外宮のお膝元で

伊勢市の本町に喜多やが誕生したのは、明治四十三年(1910年)のこと。伊勢神宮のお膝元、外宮前あたりは当時、大変なにぎわいでした。

伊勢の鰻「孝行鰻」を、伊勢神宮にお見えになった方々に楽しんで召し上がっていただくため、現在に至るまでの味と心を伝えております。

Eel came to Ise in the Tenpo era (1842). Kitaya has carried that tradition on since its founding in 1910.

西村幸生投手
The Pitcher

西村幸生の生家

喜多やは、故・西村幸生の生家です。昭和12年に大阪タイガース(現・阪神タイガース)へ入団し、同14年までの3年間ではありましたが、主戦投手として活躍しました。

昭和12年・13年の両年、日本選手権で沢村栄治擁する巨人に勝ち、連続優勝を果たしています。豪球に加えて、キレの良いシュートとカーブを絶妙のコントロールで配する、すきのない投法でした。

昭和20年4月3日、フィリピン島バタンガスにて戦死。昭和52年、関係者のご尽力で銅像が建ち、同年野球殿堂入りを果たしました。

西村幸生のこと / Read more